正義は勝つ!~前編~
『信じて、行動すれば、正義は勝つ』と、私は信じています。
今回は物語にしてお伝えします。
今日は前編です。長いので、二部にわけました。すみません。
あるところに、小学生と中学生が共に生活をする寮がありました。
小学生Hが、寮に入ることになりました。
ドキドキしながら入った寮生活、ルームメイトは同じ小学生のF。
Fは人見知りでしたが、Hの明るい性格を知り、打ち解けてすぐに仲良くなりました。
楽しく過ごす数週間が経った、ある日のこと。
寮に住む中学生のA番長が、右腕Bと左腕Cを連れて、Hの部屋にやってきました。
突然、A番長がHのことを「生意気だ」といい、左腕CがHを突き飛ばしました。
“いじめの始まり”です。
A番長は、手下達を引き連れて、「Hは気に食わないんだよなぁ」といっては、手下がHをいじめるのを笑ってみていました。
自分では手を出しません。
A番長は、
『自分は悪くない。手を出した手下が悪い。命令もしていない。自分は見て笑っていただけ』
と、思っていました。
右腕Bは、
『Aのいうことに、そうだ!そうだ!と声をあげただけ。いじめを一緒にみて笑っていただけ。指示しているのはAだし、自分は手も出していない。悪いのはAとC』
と、思っていました。
左腕Cは、
『自分がいじめられないように、Aの望むことを察して、実行しているだけ。いわばAの命令に従ってるだけだから、自分は悪くない』
と、思っていました。
ルームメイトFは、恐怖でいっぱいでした。
『Hと一緒にいじめられたらどうしよう。Hとは、仲のいいフリをしていたことにしよう』
いつしかHと仲の良かったFも、Hへのいじめに加わりました。
いじめを知りながら距離をとる傍観者Dたちは、『またやってるよ』と、思っていました。
『いじめる側にも、いじめられる側にも、なりたくない。だから距離を置こう。見てみぬふりをしよう』
夜、眠っている時でさえ、Hは気を抜けません。
眠るHは、蹴り飛ばされて起こされ、人から人へ突き飛ばされ続けたり、「キレイにしてやる」と、汚れた雑巾でベッドを拭かれたり...。
夜中にも、いじめは行われるのです。
部屋の扉を開ける音で目を覚ませるよう、常に気を張っておかねばなりませんでした。
ある昼間のことです。
いじめの最中に、中学生Xが通りかかりました。
X「お前ら、なにやってんだ!年下を寄ってたかって!しかも大勢対1人じゃフェアじゃないだろ!Hをいじめる時は自分も呼べ!」
そういって、その場からHを連れ出しました。
Hは心配しました。
Xも、いじめられてしまうのではないか、と。
そう伝えても、Xは穏やかに、笑いながら言うのでした。
X「気にするな。おかしなことをしているのは奴らだ。怖かっただろう、大変だったな。これからはちょくちょく様子を見に来るから、安心しろ」
ある夜のことです。
左腕CがナイフをHに突き出したり振りかざしたりして、脅かしていました。
突然、寮母が扉を開けて、驚きの声をあげました。
寮母「なにしてるの?!危ないものはしまいなさい!!!こんな夜中に声が聞こえると思ったら、何てことなの!!」
寮母はHを部屋から連れ出しました。
寮母「なんで大声で助けを呼ばないの!」
H「脅かしているだけで、本当に刺そうとはしていなかったから」
寮母はどんな言葉をHにかけてあげたら良いか思いつかず、
寮母「今日は気にしておくから、安心して、良く寝なさい」
とだけ、いいました。
中学生Xや寮母はHを心配しましたが、四六時中、一緒にいられるわけではありません。
寮母がいじめに気付いても、Hへのいじめは終わりませんでした。
毎日のように行われるいじめの中で、Hは思いました。
『もう耐えきれない、と思うほどの屈辱を与えられそうになったなら、屈する前にA番長の前で手首を切ろう。自分の命を絶とう』
やり返すこと、ひとを傷つけることを、Hは1ミリも思いませんでした。
夜寝ている間は片手にカッターを握りしめ、昼間はすぐに取り出せるように、カッターをポケットにいれる生活がつづきました。
そんなあるとき、ふとHの脳裏をよぎるものがありました。
『自分が寮から去ったら、また別の誰かがいじめの対象となってしまう。昼も夜も休みなく、こんなつらい目に誰かがあうなんて、かわいそうだ。もう、いじめられる子をつくりたくない』
『どうしたらいいんだろう、どうすれば...』
いじめのはびこる寮に入ったHは、いじめのない寮にするために考え続けました.....。
後編につづく...。
現代は、いじめのない学校の方が少ないのではないでしょうか?
いじめる側の人間は、「自分は悪くない」と思っていたりします。
ボスが存在しないのは、皆が皆、責任(罪)を他人になすりつけているからです。
いじめにかかわっている限り、ほんとうは責任(罪)があるのですけれどね。
罰を受けたくないばかりに、罪を押し付ける子供が、残念ながら増えてしまったのではないでしょうか。