2022年のおわりに。。。

今年は、どんなことがありましたか?

 

いまは、大掃除にてんてこまい、かな?
1年を無事に住まわせてくれた家、1年を快適に過ごさせてもらった設備、感謝をしながら、汚れを落としていらっしゃることでしょう。
「うわっ、すごい汚れてる...。隠しとくべきだったか?」
「玄関、掃除した?」
「換気扇の掃除、やだ~!」

それとも、年越しの恒例行事やお正月をのんびり愉快に過ごすための、買い物準備かな?
「蕎麦がないと、年が越せない!」
「そばといえば、天ぷらやかき揚げが必須でしょう」
「正月は、おせちに紅白かまぼこって決まってるんだいっ!」
「いやいや、コタツでミカンでしょう」
「おっと、おもちを買い忘れるところだった!」

お正月を迎えるまでの数日間は、1年間の日常をぎゅっと凝縮したかのような慌ただしい日々の御方も多いことでしょう。

 

そんな慌ただしい日々の中、いっときの静寂を求めてみてください。
掃除の合間に、お茶休憩をしたり。掃除をしながら、“無”になってみたり。

静寂の中で、是非、1年を振り返ってみてください。
「今年は、こんな出来事があったなぁ」
「今年は、あんなことがあって心揺さぶられたなぁ」
「今年は、やりたかったことが出来なかったなぁ、残念」
「今年は、むずかしいことに挑戦したな~、がんばったな、じぶん」

 

『ふりかえる』
過去に“とらわれる”のではなく、過去を“ふりかえる”
これは、とても大切なことなんじゃないかな?

「特に、なにもなかった」
「ただただ、ひたすら目の前の仕事を淡々とこなしただけ」
「ただ、生きていただけ」
『1年を生ききった』というのは、無事に生きてくださったということ。それだけでも、ホントは喜ばしいことなのです。

ただね、ひとは“成長”していないこと、なにも“得られなかった”こと、きまった日常だけを過ごしていることに、空虚を感じてしまう癖があるのではないかと思うのです。
おそらく、生まれる前に設定した“課題”へのジレンマが原因じゃないかなぁ。※ご参考に『あたりまえの奇跡~なぜ生まれてきたの~

  • なにも得られなかった
  • なにも達成できなかった
  • なにも役に立てなかった
  • なにも喜びがなかった

そう感じた瞬間に、「この1年、なにをしていたんだろう」「時だけがムダに過ぎていったのか」と、人生をむなしく感じていく。これが何年もつづくと、生きている意味がわからなくなってしまう。

 

ふりかえることで、少なからず、日常で自分の感情が動いた事件(大きく表現しすぎかな?)やら、達成したこと、できなかったこと、などが出てきます。
おおきなことでなくても、いいのです。些細なことでも。
「あれは、うれしかったなぁ」とか、ね。

 

ふりかえることで、“いま”のじぶんを知り、それが“未来”の自分につながっていく。

達成できた自分がいたならば、さらなる挑戦をしたくなることでしょう。
できなかった自分がいたならば、「やってみたい」という感情がまだあれば、来年こそ、やるでしょう。
よろこびをもらった自分がいたならば、いままでよりも、こころ暖かく他者に接することが出来ることでしょう。

「こんな人間になりたい」なりたい自分がみつかる、かもしれません。
「あれに挑戦しよう」来年以降のプロジェクトが決まる、かもしれません。

 

静寂の中で
己をふりかえり
幸せ溢れる日々への道を
あゆむことが
できますように...

よいお年を!

 

☆ランキング参加中☆
 ぽちっとしていただけるとうれしいです♪

日々、生きてる

Posted by Hikaru